禍祓の者達
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 ____________中東・某所


 シャイフ少年はベッドの下で震えていた。両親がおかしくなってから一週間。今ではここが彼の住処だ。
 これからどうするのか。
 それが目の前に立ち塞がる問題だった。両親の目を盗んで台所の食料をくすねてくるくらいの事は出来るが、あと何日持つか分からない。
 両親は、畑仕事の途中に土の中から見つけた妙な壷を見つけてからおかしくなった。何も食べず、水の一滴も口にしない。眠らない。ただ虚空を見つめ、ぶつぶつと何か呟いている。動くのは、自分達以外の者が家の中にいることに気づいた時だけだ。
 近所の村人が家に入ってきた時も、町にある学校から帰ってきたシャイフを見つけた時も、両親は聞いたことの無い言葉を叫び襲ってきた。
 村人は彼らが悪魔に取り付かれたと言い、木材を用いてシャイフごと家に閉じ込めた。ドアや窓は明かりが入らぬほど塞がれ、シャイフには出ることが出来ない。
 万事休す。
「父さん、母さん……」
 冷静に物事を考えてしまい、全て諦めたシャイフは、そう呟いて部屋を出た。向かう先は、聞いていると気分が悪くなるような、意味の分からない言葉を呟く両親がいる寝室だ。
 腐臭が鼻をつく。
 シャイフを振り返った両親は、飼い犬を貪っている最中だった。生のまま、血抜きも皮剥ぎもせずに、死んでから時間の経つ腐った犬を貪る。
 寝室で展開されていた地獄に、少年は硬直する。
 その時、犬の首輪が床に落ち、硬い音を立てた。
 その首輪は、シャイフが犬の為に作ったもの。まるで死した愛犬の最後の叫びのように、首輪が立てた音は少年を正気に戻した。
 両親は唸り声を上げて追ってくる。少年は踵を返して玄関へ。
 ドアノブを何度回そうとも、開くことは無い。だが強い衝撃が加われば話は別だ。両親は我先にシャイフ(新鮮な肉)を殺そうと廊下を走り、二人で足をもつれさせるように転び、ドアにぶつかった。
 木材が外れ、開くドア。
 シャイフはドアに出来た隙間から抜け出し、ドアから伸びる四本の腕を尻目に駆けていた。

 家の中と違い、光のある外は夕暮れ時だった。
 いや、夕暮れ時を少し過ぎ、向かってくる人間の顔が判別できなくなるような時間。遠い東の果て国では、顔の判別できなかった人間に『誰そ彼』と言ったことから“黄昏”と呼ばれる時間。
 またその国では、その時間を“逢魔が時”とも言う。

「ひっ」
 シャイフも魔に逢う。
 偶然ではない。丘の上に立つ村長の家へ向かうシャイフは、坂の途中で村を見下ろし、見てしまった。

 村に溢れかえる悪魔憑きの姿を。

 村人は誰も彼もが妙な言葉を呟き、虚空を見つめるか徘徊している。
 どこかで鶏の鳴声がすると思えば、それは不自然に途切れた。
 と、シャイフは不気味な音を聞いて振り返る。それは村長の家のドアがゆっくりと開く音だった。
 白く淀んだ村長の目に、シャイフの姿が映る。
 ああ。
 シャイフは涙を流しながら笑い、膝を突いた。
 どうしようもない。
 どうにもならない。
 世界は終わってしまったんだ。
「=プキ&+ンc……」
 大きく口と手を広げた村長がシャイフに近づく。
 そして村長がシャイフ首を掴んで引き上げ、頭から齧ろうとした時、シャイフは見た。
 砂塵を巻き上げて丘を駆け上がる赤いスポーツカーを。
 その天井から踏み切る、黒い服を着た白人の少女を。
 青白い光を纏う少女の蹴りで吹き飛ばされる村長を。
『怪我は無いか?』
 少女が発したのは意味の分からぬ異国の言葉。だが、シャイフの両親の言葉とは違い、意味は分からぬとも思いは伝わった。
 彼女は自分を助けに来たのだ。
『この程度なら、こいつは明日には治るだろう。安心しろ』
 少女は村長の動きが完全に止まっていることを確認すると、シャイフの頭に手を乗せる。そして丘の下を見た。
『あの調子なら、あたしが行くまでもないか』
 シャイフもそれを見て、興奮したような溜息をついた。
 赤い光を拳足に纏う男が、襲い繰る村人達をまとめて相手をしている。二百人は居ようかというおかしくなった村人に対して、一歩も退いていない。
 それどころか押している。
 彼の光拳に打たれた者はそれだけで動けなくなり、蹴られたものは吹き飛ぶ。殴れば歩法でかわされ殴り返され、組付けば投げられた。
「凄い……」
『あれくらい、真久には何てことありません』
 気が付けば、赤い車を運転していたと思わしき女も、彼らと並んで戦いを観ていた。
『あたしにもだ』
『体術や力の精度はともかく、力の威力と量は比べ物にならないと思いますが』
『……あいつは異常だ』
『そうですね。正常でないくらい素敵です』
『…………』
 シャイフには彼女らが何を言っているのか分からなかったが、下で戦っている男と親しいのだろうということは理解できた。彼女らが彼を誇りに思っていることも。

 やがて村人は全員動かなくなり、戦っていた男は丘を登ってきた。
 黒髪に黒い目の若い東洋人で、多少体格はいいものの、今のように戦える人物には見えない。戦っているのは、映画に出てくるような筋骨隆々の巨漢だと思っていた少年は驚いたように男を見た。
『つーかさ、終わったんなら手伝えよグリム。シモナにゃ無理だがよ、お前は意思の力使えるだろうが』
『こっちはお前と違ってれっきとした人間なんだ。あんなに意思の力が使えるか』
『くそっ。いいかグリム、人という字は、人と人が支えあって……』
『ではなく、人が立っている形から来た象形文字って言ったのはお前だろ』
『チッ。で、殴らなくていいのはその子供だけか。言葉分かったか?』
 真久はしゃがみ、シャイフと目を合わせるようにする。
 彼の質問に答えたのはグリムではなくシモナだ。
『はい。グリムはまだ知らない言語ですが』
『社長の催眠術無しじゃなあ』
 そして彼は、シャイフに分かる言葉で言った。
「恐い夢は今晩で終わりだ。後何時間か十何時間して日が昇れば、大体元通りだ。よく頑張ったな。
 じゃあ、夜が明けるまでもう一頑張りだ。自分の家で休んでな。もう恐い奴はいないから」
 彼らは、土で汚れた車の方へと歩いていく。シャイフは言った。
「あなたたちは何なのですか!? 神の使いですか?」
 返答は遅かった。赤い光の男が青い光の少女に解説し、何か話している。
 少しして、垢抜けない発音で少女が言った。
『違う、人間だ』
 男は笑って車に乗り込み、二人も続いた。
 去り際、男が叫ぶ。
「元気でな。これからも強くあれよ少年! 人間は何にでもなれるんだ!」
 腹に響くようなエンジン音だけ残して車が夜の闇へ消えていく。

 何にでもなれる。
 少年はそう呟いて、拳を作った。見よう見まねに身構え、虚空を突いてみる。
 今日のことは一生忘れられそうに無かった。





第二部・完




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◆第三部:<御園編> 予告◆


 _________それは、一つの棺から始まった。


「正光が襲った教会に保管されていた棺桶?」
「機関の前身の暗部と言っていい代物だ」
「中身は何です。木乃伊ですか?」
「Guinea pig……」
「は?」
「計画名はプロジェクトギニーピッグ。棺の中身は、ギニーピッグ。つまりモルモットという意味の名を持つ存在」


 _________封じられていたのは、一体の吸血鬼。目覚めたそれは、各地を転々としながら眷族を増やしていく。


「君らの組織の尻拭いをしてやろうと言っているのだ」
「あれは私の獲物だ! あれは私の家族を、故郷を奪った!」
「残念ながら君の出番は無い。我々教皇庁が動けば、事態は三日で収拾する」


『浄銀弾効果なし! 紫外線、杭、大蒜、サンザシ、十字架もです!』
「糞、何とかできんのか!」
『駄目です、攻撃に効果が! 糞、何て数だ!?
 糞、糞、糞、くそぉおおおおおおおおおお!』
「おいカーター! 応答しろカーター!」


 _________一方桑野真久は夏休みを利用し、帰郷していた。湿度の高い日本の夏は暑苦しく、同時に懐かしい。


「カルピスアイスバーは一人二本って言ってるだろ!」
「八本入りなんだから、二人は三本食える計算だ。問題ない」
「お前ら二人が三本食ったら俺が食えんだろ。金出すのは誰だよ!」
「まあまあ、たかだかアイスのことで熱くならないでください真久」
「角10棒四本食った奴に言われたくねえ!
 いいか確認するぞ。ジャイアントコーンは一人一つ又は一種。
 スイカバー・メロンバーは一人一種ずつ。その他の棒アイスも基本的にはそれらに順ずる。
 チューブアイスの片方を冷凍庫に放置しない。
 食いかけのカップアイスを冷凍庫に戻さない。
 特に食われたくない自分のアイスには名前を書く。
 分かったか外人共!」


「いい加減素麺は飽きてきませんか?」
「そうか? 昼飯はどうでもいいだろ。グリムはどうだ?」
「特に気にはしていなかったが?」
「ほら」
「……いいですか! そもそも麺類というのは」
「(イタリアに住んでたやつのパスタ好きは異常だな……)」


 _________晴れ上がった午後、人外と日本人、二人の異国人は何を想うのか。


「こっちは何とか元気でやってるよ。そっちはどうだい祖父ちゃん」
「敏幸さんなら、どこでもうまくやるんじゃないかな。なにせ君の祖父なんだ」


「食べ物は美味いし景観もいい。無論住人の人柄もだ。
 ……できることなら、ずっとここにいたい。そう思った」
「そうですね。ここはとてもいいところだ。
 だから私は今でも悔やんでいます。真久をここから引き離してしまった」


 _________しかし、どんなものにでも終わりは訪れる。晴天は永遠には続かない。


「やあどうも、紳士淑女のお二方」
「……カシマが見えてんのか」
「ええ、物質など関係ない。肉を失ったものさえ、私にはよく見える」
「だから何だってんだギニーピッグ。カシマが見えてようと、意思の力は効くだろう」
「そう焦らないでくださいよ。今日はただの顔見せです。
 あなた方と、私達の」
「私……達?」
「物質の有無、命の有無など、私には関係ないこと。
 お目覚めください。我が主よ」

「――――――お前、は」


 _________蘇ったものは二体の化物。

 _________手放したものは三つの存在。


「畜生、なんだよこれ…………俺、一人じゃ何も出来ねえよ」
『本当にすまないんだが真久君、空港まで教皇庁の奴らを向かいに行ってやってくれないか。案内が必要とか抜かしてる』


「腑抜けた面をしているな小僧。ただの実験動物や辺境の小物相手に負けるのも肯ける」
「……ああ、そうすね」
「言い返す根性も無いか」
「ただ、気をつけたほうがいいですよ。あれはいつも予想を超える何かをしでかしてくる」

『番組を変更して速報をお伝えします! M県南部の御園市が突如として……』

「馬鹿な!」
「……ほら、言ったでしょう」


 _________戦場に手は届かない。青年は諦めてしまうのか。


「ハロルド・鳳……?」
「機関からの応援だ。お前と組むことになった」
「組むったって…………組んで何をするんだ」
「何も言われてないが、何をしてもいいという許可は下りている。
 さあ、どうする」


 _________その剣は、裏切ることの無い聖剣。
              その体術は至高。祖父と弟子に鍛えられた高みにある。
              その光は清浄なる青。いかなる魔をも討ち滅ぼす。


「悪趣味な真似しやがる。シモナの師匠と妹分だけじゃ飽き足らず、そんな人まで………」
「いい演出だろう? 私はこれが一番好きでね。死者と、その家族を戦わせるという行為が」
「畜生……!
 相手してやろうじゃねえか、行くぞ桑野敏幸!」


「知らなかったのですか?
 この傷が出来た夜から、私はあなたの剣なのですよ」


「負けられない。あたしは、まだこの街にいたい」


「なんで非常時には平山さん居ないんだよ……!」


「死なないよね? 桑野君」


「昔のことだがな、惚れてたんだ。シモナ・グルックに」


「いい加減諦めましょうよ? 私にはどんな攻撃も効果が無い。それはお分かりでしょう」


「この装甲の前には、意思の力など意味が無い。教皇庁の馬鹿共はいい仕事をしたな」


「かっ……ははっ。もう動けない。笑っちまうなあ。死ぬ時までお前と一緒かよ。なあ、今だから言うが、俺、お前のことそんなに……」
「真久君。なあ、諦めるなんて君らしくないじゃないか?」


 _________戦いの結末は?
              彼らは、もう一度御園市で共に笑うことが出来るのだろうか?


 夜狩人・第三部<御園編>
 鋭意執筆中。乞うご期待。


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